Go-Go's (ゴーゴーズ) Beauty And The Beat 30周年盤

HMVジャパン

 Go-Go'sの1stアルバムのデラックス盤が発売された。

 beauty and the beat 30th anniversary edition

 87年の初CD化以来、初めてリマスターされたそうだ。
 私は90年にSonyから発売された国内盤を持っているのだが、その時の東郷かおる子さんのライナー・ノートによると、それが国内初CD化で2nd Vacation、3rd Talk Showと3枚同時復刻だったようだ。
 
 80年代前半に隆盛を極め、後半に失速して完全に過去の人状態だったのが、Belinda Carlisleのソロでの復活を受けて、やっと90年に国内発売となったようだ。
 東郷さんも90年にBelindaが来日公演したとコメントしている。

 私自身、Our Lips Are Sealed の印象はあまりなく、シングルWe Got The Beatで彼女達を知り、シングルVacationを聴いて良い曲だと思ったが、初めてプロモーション・ビデオの水上スキーを見て「ウゲッ!」となり、その後はHead Over Heelsぐらいしか覚えていなかった。
 乗り換えた訳ではないが、その後のBanglesのブレイクが一因かも…。



 ↑50年代のハリウッド風の映像。エッ?という感じだった。



 ↑実はこの2本のPVしか記憶になく、たぶん初期の映像を見たのは今回が初めてだと思う。

 要するに特にファンではなかったのだが、なぜこの1stアルバムを買ったかと言えば、それは全米1位(3週)の大ヒット・アルバムだったからだ。
 ついでに、このアルバムは女性だけのメンバーにより作詞・作曲され、かつ演奏された最初の全米1位だったそうだ。
 やはり、チャート・マニアとしては外せない1枚だ。

 ところで、国内発売したレーベルはSonyだった。
 元々は米国の独立系レーベルI.R.S. (International Record Syndicate) Recordsが権利を持っているのだが、配給は大手のA&Mに任せていた。
 I.R.S. はMiles Copeland IIIにより英国のIllegal Recordsの姉妹レーベルとして79年に米国で設立された。
 このMiles Copeland IIIはロンドン生まれだが、父はCIA所属の米国人Miles Copeland Jr.で、米国の大学を卒業後英国に戻って音楽ビジネスに携わり、Wishbone Ashをブレイクさせた。



 ↑72年発売のアルバムArgus(百眼の巨人アーガス)より2曲目のSometime World。

 74年にBTM (for British Talent Management)を立ち上げ、 Renaissance、Curved Airと契約したが、興行で大赤字(Lou Reedの起用で失敗)を出して76年に会社をたたんだ。
 77年には弟と弟のバンドのマネージャーとで、Illegal Recordsを立ち上げた。
 77年5月には弟のバンドのデビュー・シングルを発売する。

 The Police Fall Out / Nothing Achieving ↓

The Police - Fall Out / Nothing Achieving

 弟の名前はStewart Copelandで元Curved Airのメンバーだった。
 Miles Copeland IIIは1stアルバム用のRoxanneをA&Mに売り込み、The Policeのメジャー契約に一役買うこととなった。



 そんな縁でI.R.S.とA&Mの配給契約につなっがったのだと思われる。
 米国での配給契約はその後MCA(85年~)、EMI(90年~96年)と移ってゆく。

 Go-Go'sがI.R.Sと契約するのは81年4月なのでA&M配給の頃なのだが、日本ではCBSソニーだったようだ。

 ウィ・ガット・ザ・ビート / 泡いっぱいの恋

画像














 何とOur Lips Are SealedがB面だったとは、どうりでWe Got The Beatだけの印象が強い訳だ。

 どうやら、ブレイクするまでの動きを整理する必要がありそうだ。

 続きは次回で…。

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